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忘れない4

「それが俺ってわけだな」

 口を挟んできた佐田さんに、加藤君が笑いかけた。

「そうですね。初めは不審者かと思いました」
「俺にとっちゃお前らの方がよほど、不審者だったさ」

 ふん、と佐田さんは鼻を鳴らした。私が話の続きを促すと、加藤君がすみません、と話し出した。ここからの話は、佐田さんの話も大きく絡んでくることになる。

「佐田さん」

 人見知りをしてお兄さんの後ろに隠れた加藤君をよそに、お兄さんはその人に話しかけた。もちろん、その人とは佐田さんだ。佐田さんは加藤君のお兄さんが幼い頃…加藤君が生まれる前に島を出た人らしく、二人の事は全く知らなかったという。名前を呼ばれて、驚いたそうだ。

「誰だ?」
「加藤といいます。だけど、そんなことは、今はどうでもいいですよね」
「それもそうだな…ここは俺の夢の中だし」

 佐田さんと話すお兄さんは、加藤君の知っているお兄さんじゃないようで、加藤君はひどく戸惑ったそうだ。それは多分、友人や家族のよそ行きの顔を見てしまった時のような…そんな気持ちだったんじゃないかと思う。

「夢じゃないですよ」
「あ?夢だろ。寝て起きて扉くぐって気が付いたらもうずいぶん昔に住んでいた島にいたんだから。しかも廃墟だし」

「僕と一緒だ!」

 佐田さんの言葉に、思わず加藤君は言っていたそうだ。その時初めて佐田さんは加藤君の存在に気が付いたという。

「あ?もう一人いたのかよ。…同じとか、なんでもいいから、ここから出て行ってくれ。俺は思い出に浸っている最中なんだから」

「紗枝さん、ですか?」
「なんで知ってやがる」

 紗枝さん。それは、佐田さんの妹の名前だった。加藤君のお兄さん同様、その海で亡くなった…。

「僕はあなた方が、羨ましい」

 お兄さんはそういうと、しゃがんで加藤君としっかり視線を合わせたそうだ。そして、その頭を一撫ですると、立ち上がり、海の方を指差した。

「ご覧、陽太。そろそろ僕がやってくる」

 言われた意味が分からず、しかし加藤君はお兄さんの指差す方向を見たそうだ。そこには、あの日と同じ穏やかな海があった。

「あ…あ、いやだ」

 その時目に入ってきたものを、加藤君は見ないように頭を抱え、うずくまった。佐田さんは驚きのあまり、声も出なかったという。

「陽太。ちゃんと見て」

 お兄さんに促されても、加藤君は顔を上げることはできなかった。海から流されてきたのは、あの時と同じ。

 大好きなお兄さんの遺体だったそうだ。

 波にのまれ、岩礁に打ちつけられたせいか、損傷が激しく、全く生気の感じられない。

 そんな、お兄さんの遺体だった。

 それが、お兄さんの遺体だったのだ。

「お前は…死んでいるのか」

 遺体が岸に到着する頃、やっと佐田さんは口がきけるようになったそうだ。そして、お兄さんに話しかけた。

「はい、死んでます」
「嘘だ!だってお兄ちゃんはここにいるもん!ここにいるし、ずっと一緒だったもの!」

 お兄さんの言葉を聞いた途端、顔を上げて訴えかけてくる加藤君に、佐田さんは憐みを覚えたそうだ。
それは、かつての自分と重ね合わせてしまったからだ、と気まずそうに話す佐田さんの照れたような、居心地の悪そうな顔がひどく印象的だった。

「お前、は失ったのか。そしてまた失うのか。何度も何度も。それを繰り返していくうちに、何が大切だったのかもわからなくなって…」

 苦しげに、佐田さんがこう吐き出したそうだ。

 加藤君は何を言われたのかよくわからず、なんだかとても怖くなってお兄さんに抱き着いたそうだ。お兄さんはそんな加藤君の頭を撫でてくれたという。

「おい、坊主。こっち来い。ちょっと話をしよう」

 佐田さんは加藤君を怖がらせないように、優しく言った。加藤君は一度お兄さんの方を見て、彼が微笑んでいるのに安心してから、佐田さんの隣に腰かけた。

 その時、お兄さんは二人を斜め後ろから見ていたそうだ。何故お兄さんのもとを離れて、佐田さんのところに行ったのかが今でもよくわからないと加藤君は話していた。

 でも、それでよかったのだとも、言っていた。

「俺がまだこの島に住んでいたころ、妹が海でおぼれて死んでしまった」
「海に連れて行かれちゃったの?」
「いいや。死んだのさ。遺体もちゃんと帰ってきた。あの子は、この海で死んだ」

「…おじさんは、悲しくないの?」

「悲しかったさ。喧嘩ばかりの兄妹で、決して仲がいいとは言えなかったけれど、大切だった。言葉にしたことな
んてないが、大好きだった。だから、悲しくてつらかった」

「ごめんなさい」

 佐田さんの言葉から、悲しみが伝わってきて、加藤君は心から謝った。佐田さんの妹さんへの想いを疑った自分が、恥ずかしくなったのだという。

「いいさ。悲しみ方はそれぞれだからな。一般的には、悲しみを表すのは涙なんだろうな。だけど俺は泣かなかった…泣けなかったというべきか。そのせいで、随分と薄情者扱いされたっけ」

「つらかった?」
「ああ、理解されないことは、辛いからな」

 ちょっと海の方を眺めて、何かを思い出したかのように佐田さんは目を細めたという。あの時何を考えていたんですか?という加藤君の質問は、「うるさい」の一言で片づけられていた。

「さっきも言ったが、悲しみ方はそれぞれだ。俺は泣かず、仕事に打ち込んで忘れようとした。それでも耐え切れず、理想を抱くようになった」

「理想?」

「ああ、会いたいと。夢でもいいから会って話したいと。その想像をしては喜んだ。会えたら何を話そうか。何をしようか。…そんなことに考えを巡らし、現実から目を背けていた」

「それのどこがいけないの?会いたいって思っちゃダメなの?」

「だめじゃない。だけど、なぁ坊主。夢の中で会ったって、それは紗枝じゃないんだ。俺が描く『紗枝』なんだよ。わかるか?」

「理想…ってこと?おじさんの理想の紗枝さんだから本物じゃないってこと?」
「そうだ。そこで俺は怖ろしいことに気が付いた。俺は紗枝を求めるあまり、紗枝を見失うところだったんだ」
「どういうこと?」

 佐田さんがどう説明しようか困っていると、後ろからお兄さんがゆっくりと話し出した。

「陽太。思い出してごらん。さっき君が会った人たちの事を。理恵さんや、三枝さんの事」

 言われた通り、加藤君は二人の事を思い返したという。

恋人を求めるあまり、その人を自らの手で失ってしまった人、理恵さん。彼女は、恋人の何がそんなに欲しかったのだろうか。恋人を殺して得られるものなんて何もないはずなのに。理恵さんは、失うことで、得た気持ちになってしまったのだ。

しかし、本当は何も得てなどいない。彼女はただ、失っただけだ。

親友を探し回る三枝さん。しかしもう、その人がどんな人なのか、どんな関係なのか、何故探しているのかも思い出せない人。

 まるで、その人を見つけることが目的ではなく、探すことが目的になってしまっているような…そんな、悲しい人だ。

 そんな風に、加藤君は彼らを思い出していたらしい。そして、佐田さんの言葉を考えてみた。

 佐田さんは、夢の中にまで紗枝さんを求めるようになった。でもその紗枝さんは、佐田さんの理想。本物ではない。

 紗枝さんは死んでしまっている。生きているうちは、もう二度と会うことは、ない。夢の中で会える紗枝さん、死ぬまで会えない紗枝さん。

 もしその二つを天秤にかけてみて、夢の中で会える紗枝さんの方に傾いていたら、本物の紗枝さんはどうなる?矛盾の解消の為、佐田さんは彼女の死すら否定するようになっていたのではないか。

 自分のように。

「あ…いやだ、うそだ。でも、お兄ちゃんはそこにいるから。死んでなんか…だけど遺体が」

 佐田さんの事を考えているつもりが、いつの間にか自分の事を考えていた、と加藤君は言った。この時には、お兄さんが死んでしまったという事実は「わかって」いたけれど「理解」しようとはしていなかったという。

理解してしまえば受け入れなければならない。加藤君にとってそれはどうしても受け入れ難いものだったのだ。

「わかっただろう?それは、悲惨なことだ。死んだ人にとって。死んだことを否定される、なんて」
「…なんで?生きていてほしかったって願うのは、ダメなこと?いけないこと?」
「それは、わからない。だけれど、俺は、死んだことを否定されるって、生きていたことを否定されるのと、一緒だと思うんだよ」

「生きていたこと…その人の人生そのものを、否定するってこと?」

「ああ。その人が、生きて、死んでいった。それがその人の物語なら、ラストを変えるのは、物語を根本から揺るがしてしまう。そう、俺は思う。だから、悲惨だと」

「おじさんは、そう思うの」

「そう。俺は、だ。お前がどう思うのかはわからない。人はそれぞれだから。だけれど、生きている人が多様ならば、死んだ人もまた様々だ。いろいろな思いを抱え、死んでいった人がいる。中には、自分が死んだと認めないでほしい人もいるかもしれない。だから俺は死者に対してどうしてやるのが正解だ、なんて言えはしない」

「じゃあ僕はどうすればいいの?」

「それは、そこのお兄さんに聞くんだな」

 はっとして、加藤君が振り返ると、そこにはお兄さんはいなかったそうだ。慌ててあたりを探すと、海の中、遺体の傍に立つお兄さんがいたという。

「お兄ちゃん…」
「陽太。僕がどうしてほしいかは、もうわかってるよね?」
「うん…」
「僕は、ぬいぐるみに『僕』を取られたのが悲しくて、悔しかったんだ」

「ごめんなさい。ごめんなさいお兄ちゃん」

「陽太が中学に上がるのも、あのままでは心配だったし」

 お兄さんは、生前と同じやさしい笑顔を加藤君に向けてくれたそうだ。そして、佐田さんに深々と頭を下げた。

「ありがとうございました」

「別に…しかし、死んだ奴と会えるとはね。俺の話と矛盾するじゃねぇか」

「これは、『奇跡』ですよ、偶然に支えられた。あなたの話は間違ってはいない。死んだ人には会えない。会うべきではない。それに、こんな『奇跡』が起こせるのは、悪霊か、地縛霊だけですから。会えない方が、いいんです」

「そうかよ」

 それを聞いて、佐田さんはうれしさとともに、さみしさを感じたそうだ。そんな佐田さんに、お兄さんはもう一度頭を下げると、加藤君の方を向き、にっこりと笑った。

 そして、くしゃり。その姿がまさにそのように歪んだかと思うと、跡形もなく消えてしまったという。残されたのは、お兄さんの遺体だけ。

「坊主。行ってやれ」

 佐田さんが加藤君を促したけれど、加藤君は動けなかったという。仕方なく佐田さんは加藤君の手を引いて、お兄さんの遺体の元まで連れて行ってくれたそうだ。

「死んだ奴の為に、できることを俺は必死で考えたことがある」

「死んだ人のためにできることなんてあるの?」

「そう…坊主は俺よりもちゃんとわかってるじゃねぇか。死んだ人のために生きている人ができることなんて、本当はないのかもしれねぇ。死者の為の祈りも、涙も。それは、生きている人が死者を救えると信じ込むことで、自分が救われるためものなんだよ…少なくとも、俺はそうだった」

 佐田さんは自嘲しながらも、話し続けた。

「死んだ奴の為、と言ってもその相手から反応なんてない。だから、わかるはずがないんだ。何が紗枝の為なのか、なんて。でも、一つ。俺は、一つだけ、紗枝の…死んだ人のためにできることがあるんじゃないかと思う」

「何ができるの?」
「忘れないことだよ。そいつの事を」

 あっさりといわれた言葉に、加藤君は戸惑ったそうだ。

「紗枝が生きていたこと。そして死んでいったことを、忘れないことだ。覚えていて、伝えていくことだよ」

「それだけ?」

「それだけさ。生きている人は、自分を自分で伝えることができる。死者にはそれができない…絶対に。まぁ、これも死者の為になるのかはわかんねぇけど。なにもしない、よりはいい線いってると思うんだ、俺は」

「忘れない…うん、僕はお兄ちゃんのこと忘れない」

 加藤君はそうつぶやくと、お兄さんの遺体の前に跪き、涙をこぼしながら言った。




「お兄ちゃんは、この海で死んでしまいました」



亡くなった方に対して、生きている人ができることなんて、ないんじゃないかな、って。

このあいだバイト先の店長と話したんですが。

その前にこんな話を書いていた僕としては。

「忘れないことですよ」なんてこっぱずかしいことが言えるわけもなく。

声に出して言えないことを、言葉にできる小説ってすてきですよね。

あ、あと長くなってしまってすみません。
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テーマ : 短編小説
ジャンル : 小説・文学

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紫矢 陽炎

Author:紫矢 陽炎
紫矢陽炎と申します。
こどもがたくさんいる職場に無事転職しましたー!
読書、ギターを弾くのが趣味です。

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