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竜の涙 1

 夕方に人が集まっていたのが嘘のように、園内は閑散としていた。ルイスは一人、その動物園にそっと忍び込んでいた。

 もちろんこんな夜中に門が開放されているわけはない。塀の少し低くなったところをひらりと飛び越え、ルイスはやってきたのだ。

 ルイスの目的は言わずもがな、竜の首を切り落とすことであった。服の下に隠した剣が時折肌に触れ、ヒヤリとした感触をルイスに与えていた。

 ルイスにとってこの仕事は運試しのようなものだった。竜の首を落としても宝石が得られるとは限らないと彼はよく理解していた。あの男たちの言葉もわかっていた。しかし竜がこのまま生き続けたところで、ルイスにとっては何も利益はない、と彼は考えていた。

 殺して何も出なかったらそれだけ。なにかでたらラッキーだ。ルイスの考えはそんなものだった。

 日中は檻の中で各々自由に過ごしている動物たちも、夜は檻よりさらに奥の屋内に閉じ込められてしまう。そのため、園内は全く生き物の気配がせず、空の檻が月明かりに照らされて無気味に存在を主張していた。

 ルイスはしかし、怖がる様子もなく、そろりそろりと足を進めていく。全く迷いのない動きであった。

 やがて動物たちが眠る屋内に侵入したルイスは、さらに慎重に一歩一歩闇の中を進んだ。起きている動物もいるのか、ルイスが通ると何か動く気配がしたが、騒ぐ様子もないので、内心ルイスはほっとした。

――動物ってのは敏感でいけねぇや

 ルイスが恐れているのは物音を立てて、一斉に動物たちが騒ぎ立てることだった。常駐の飼育員に気が付かれてしまったら、計画を実行できないどころか、捕まって処刑されてしまう。それだけは避けたかった。

 あ、と思わず声をあげそうになって、ルイスは自分の口をおさえた。ついに竜の檻を見つけたのだ。それは一番奥の檻だった。大きな大きな、特別な部屋。そこにはすやすやと眠る竜がいた。

 まるで牢獄のようだ。
 
 ルイスはそう思った。竜のいる部屋は確かに広い。象ほどの大きさの竜が寝そべってなお十分のスペースがある。竜が歩き回ることもできるだろう。しかし、それに対し、その部屋の窓はとても小さく、そして何より鉄格子がはめられていた。その隙間から差し込む月明かりはごくごくわずかだ。その様はまさに牢獄であった。

――俺もいつか、こんな場所に入れられるのだろう

 少し感傷的になり、ルイスはしみじみ思った。しかし急がなければならないことを思い出し、竜の檻を守っている錠に手をかけた。

 五分もかからなかったであろう。ルイスは一つ目の大仕事をやり終え、ほっと息をついた。そして音を立てないよう、慎重な手つきで扉を開き、中に入る。

 眠る竜は、目の前にいた。

 ルイスは竜の様子を伺いつつ、ゆっくりと左に移動する。首の切り落とし易い場所を探すためだ。慎重に、慎重にルイスは動いた。

 そして位置を決めると剣を服の下から出し、両手に持った。息を整えて、目標を見据える。

 良しとばかり、心の中で気合を入れ、まさに斬りかかろうとした時だった。

 竜の目が、ぱちりと開いたのは。

「うわ…!」

 急なことで思わず悲鳴のような声を上げ、さらに二三歩ルイスは後退した。

 しまったと思った時にはもう遅い。しっかりと竜の目はルイスの姿をとらえ、見つめていたのだった。

 ああもうだめだ。ルイスは思い、目を閉じた。相手は象ほどの大きさのある竜だ。殺そうとした相手に容赦をすることはないだろう。あの鱗に覆われた強靭な尾で跳ね飛ばされたらひとたまりもない。

 殺される覚悟だった。

 しかし、いつまでたってもその衝撃はやってこない。不思議に思ったルイスは恐る恐る目を開けた。

 竜は全く暴れていなかった。あの演奏会の時のように静かに、ただそこにいた。そして、ルイスと目があった瞬間、ぬっと首を突き出してきたのだった。まるで、首を切り落としやすいように身をかがめているようで、ルイスはひどく戸惑った。

「殺してしまうぞ」

 かさつく唇を湿してから、ルイスが小声で言うと、竜はますます首を突き出してくる。

「おまえ、殺されたいのか」

 竜はもちろん、何も話さない。しかしルイスには竜がそれを望んでいるようにしか見えなかった。

 ルイスは震える手を押え、ゆっくりと剣を持ち上げると、竜の首に切っ先をあてた。ギラリと月明かりに凶悪に輝く刃をあてられても、竜は暴れなかった。

――この竜は本当に死にたがっているのだ

 確信すると、ルイスはなぜだか急に怖くなってしまった。

 神様の存在をルイスは信じていなかったが、この竜を殺せば何かとてつもない罰を受けるような気がしたのだ。

 すっと剣を引くと、竜はルイスをじっと見つめた。まるでルイスが剣を振り下ろさなかったことを責めるかのような視線に、ルイスは慄いた。

「殺せねぇ」

 知らずつぶやくルイスの声を聞いて、竜は先程とは違った視線をルイスに送った。

「見るな」

 まるで、何もかも見透かされているような目。ひどく居心地が悪く、ルイスは目を伏せた。しかし竜が動く気配は一向にない。たまらず顔を再び上げると、やはりまたしても竜と目が合った。

 すると竜が、まるで笑うかのように目元を和らげた。やさしい瞳。その目に懐かしさを感じて、ルイスも今度は竜を見つめた。

 やがて思い出したのは、はるか昔のように思えるが、実際はそうでもない過去。ルイスが少年の頃のことだった。

 ルイスはもともとこの町の人間ではない。彼は旅商人のこどもだった。そのせいでルイスは定住の地を持ったことは一度もなかった。

 そんなルイスが十歳の頃、このソルに連れてこられた。その当時のソルは何も名産がなく、倹しい生活を強いられていたため、旅商人は商品をさばくことができなかったし、良い商品を入れることもできなかった。

 そしてルイスはこの町に置いて行かれてしまったのである。経済的に苦しくなった両親に、捨てられたのだ。

 迎えに来ると言っていた。だからルイスは待っていた。しかし十年以上経った今も、両親が迎えに来ることはなかった。

 ルイスという存在は、この町において厄介であった。余裕のない町民は自分の家族の食い扶持を稼ぐので手一杯だ。ルイスの面倒を見る人なんて誰もいなかった。だからルイスは盗みを覚えた。

 幼いルイスが盗みを働くのを見て、人々は怒った。しかし同時に、哀れだと、かわいそうだとも思っていた。両親に全く知らない町に捨てられた少年につらく当たるほど、この町の人は非道ではなかった。飢えの苦しみも、彼らは十分すぎるほど知っていた。多少の悪さには目をつぶったし、自分たちが少しだけ潤っているときは施しを与えたりもした。

 盗みを働く悪ガキであり、しかし同時に可哀そうな捨て子でもある。故にルイスは厄介な存在であった。

 そんなルイスに人々がやさしく接していた時。

その時の目が、今の竜の目だった。やさしくも、哀しそうな瞳。かつて何度もルイスを救ってくれた目がそこにあった。

「なぜそんな目で俺を見る」

 気が付けばルイスは竜に語りかけていた。竜から返事はない。竜はじっと、ルイスを見つめているだけだ。

「もう町の人はそんな目で俺を見てはくれない」

 いつからだったろうか。町の人の目から優しさが一切なくなり、厄介者としてしか扱われなくなったのは。

――なんだ、まだ生きていたのか

 そんな言葉を投げかけられるようになったのは。

――俺は何も変わらないのに、どうしてそんなことを言うんだ

 ルイスにはわからなかった。

 自分ひとりで生きてきたルイスには、大人になるということがわからなかったのだ。

 だからルイスは今も盗人だし、顔を出して往来を歩くことができない。

「やさしかったのに、がんばれと言ってくれたのに。今ではもう、早く出ていけ、だとか俺を捕まえようとするやつばかりだ」

 ルイスの独り言のようなつぶやきに、竜は耳を傾けているようだった。じっとルイスを見つめながら。

「もう俺をそんな目で見てくれる奴なんていない。お前だけだ。お前くらいだ、そんなやさしい目をしてくれるのは。俺はお前を殺しに来たのに。お前はそんな俺をその目で…」

 ルイスはすがるように竜を見た。竜はそんなルイスを相変わらずじっと見つめていたが、その瞳から一つ、二つと大きな涙の粒があふれ出てきた。

 そのあまりの美しさに、ルイスは言葉を失った。夕方に見た竜の涙には、宝石の価値しか感じなかった。しかし今は。今は宝石には全く興味がわかない。むしろそれが宝石だということをルイスは忘れていた。

 ただ、竜が涙を流している。そのことに深く心打たれたのだ。

 限られた月明かりの中で照らし出される竜とルイスの姿は、まるで一枚の絵画のように美しく、静かだった。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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紫矢 陽炎

Author:紫矢 陽炎
紫矢陽炎と申します。
こどもがたくさんいる職場に無事転職しましたー!
読書、ギターを弾くのが趣味です。

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