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竜の涙 3

 竜が夜に涙を流した一週間後。人々は再び浮かれ、騒いでいた。ついに竜を2日以上連続で泣かせることのできる演奏家が生まれたのである。

 その演奏家は少年だった。親元を離れたばかりだという少年は、商人とともにこのソルの町にやってきた。利発そうに眼をきらきらと輝かせる少年はギターを弾くことを得意とした。楽しげに弾く様子はかわいらしく、人々の心を和ませた。

 少年がこの町にやってきたのは全くの偶然であり、竜の存在は知らなかったそうだ。しかし、園長が気まぐれに、弾いてみないか、と少年に話を持って行って、彼は夜の演奏会の主役となった。

 そして1日目。見事に少年は竜に涙を流させることに成功したのである。少年演奏者がこの少し特別な演奏会を任されたのは初めてのことであり、少年には惜しみない拍手が送られた。そして2日目、前代未聞の事態が起きたのである。

 2日目の人々の期待は低かった。いつものことだ。竜は一人の演奏者につき、一度しか涙を流さない。また今日もそうだろうと、だれもがそう思っていた。ゆえに園内に集まった人々の数も、前日に比べると格段に少なく、皆一様にあきらめたような顔をしていた。

 しかし、竜は涙を流したのであった。

 この時の園内にいた人々の驚きを表すには筆舌に尽くしがたいものがある。だれもが言葉を失い、竜を凝視し、そして演奏が終わっても、驚きのあまり拍手を送ることすらできなかった。

「じゃあ僕は、これで」

 困った少年が退場の意を表すと、やっと人々は大きな歓声と拍手を少年に送った。そしてそのあとは興奮状態。町中に伝えなければと園から駆け出して行ったものもあれば、まだ信じられない、といった様子でその場に立ち尽くすものもあった。

 そしてその日のうちに、竜が2日連続で泣いたというニュースは町中の人が知るところとなったのである。

 3日目。4日目。

 竜は少年の演奏を聴くたびに涙を流した。園長はじめ、聴衆は喜びに満ち溢れた。少年の演奏は誉めそやされ、すぐにCD化の話が出た。しかし少年は首を縦に振らなかった。いくら褒められても少年は自分の演奏なんて大したことはないと言い続けた。

「僕の音楽性と竜の感性が合った。ただそれだけのことでしょう。それよりも僕はこの町に集められた優秀な音楽家さんたちの曲をもっと聞きたい」

 少年はそう園長に話したという。いくら自分の演奏がほめられたって、少年自身が満足のいっていない演奏を最高といわれてしまうと、気分のいいものじゃない。

 実は少年はこの町を早く出たいとさえ思っていた。しかし園長が、そして街の人々の期待がそれを許さなかった。

 ずるずる、ずるずると少年の滞在期間は伸びていったのである。

 そんな日々が続いて、少年の我慢は限界に近かった。もう辛抱ならん、そう考えた少年は、園長のつけた見張りを振り切って、一人町に飛び出した。町から出ることはできなくとも、ちょっとくらい自由に過ごさせてほしいと思ったのだった。

 一人になって賑やかな往来を歩いていると、旅の途中で見たほかの町を思い出し、少年は早くまた旅に出たいと心から思った。

――一緒に来たキャラバンが先に行っちゃったからな…一人旅はだめって言われてるし、どうしようかな

 身の安全確保のため、旅の最中は決して一人で行動してはならないと父親からきつく言われていた少年は、新しい仲間を見つけなければこの町から出られなくなってしまっていた。

 ソルの町が嫌いなわけではない。少年は歩きながら思う。街は明るく活気づいているし、食べ物もおいしい。気候も穏やかで、居心地がいい。

――でも、ここにいる音楽家さんたちに嫌われちゃったからなぁ

 竜を感動させてやる!と勢い込んでこの町に来た音楽家は、その役を少年にとられてしまったせいで、大人げなくも、少年のことを嫌っている。憎んでいる者さえいるだろう。そんな中で、曲を聞かせてほしい、などといえるわけもなく…。多くの音楽家の演奏を聴くことを旅の目標としている少年にとって、この町での滞在は全く意味をなさないのだ。

 噴水のある広場までやってくると、少年は大きく伸びをした。

――屋台で何か買おうか

 このあたりでしか採れない果物を売っている屋台があると聞いていたことを思い出した少年は早速探してみるが、屋台が多すぎて、まったく見当もつかない。

 困った少年は近くを通った人に尋ねることにした。

「すみません」

 声をかけたのは帽子を目深にかぶった男の人。長いコートが印象的だった。声をかけられたことに驚いてか、ぴくりと肩が跳ねる。

「俺か?」

「はい。あの、この町の名産品があるって聞いたんですけど。どこに売っているか教えてもらえませんか?」
「この町の名産品は竜だろ。竜は売り物じゃない。置物ならたくさん売ってるけれど、それでいいのか?」

 つっけんどんに言われて、少年はむくれた。もう少し親切にしてくれたっていいじゃないか。そんな気持ちを込めてちょっとにらむ。

「竜が有名なのは知ってますけど、そうじゃなくって、果物で」

「ああ、それなら珍しいから売っているところが少ないぞ」

「え?名産っていうから、てっきりどこにでも売ってるものかと」

「この地方でしか採れないって点では名産だけどな。1個が高い」

「ええ…それは困るなぁ。節約したいし」

 実のところお金は有り余っていた。園長が演奏料としてたくさんのお金を少年に与えてくれるからだった。しかし少年はそれをすべて使う気にはならなかった。一回の演奏で今まで得ていた程度のお金しか使わないと心に決めていたのだった。

 少年は金銭面ではひどく潔癖だった。

「もういいだろ」

 男の人が行こうとしたので、少年はあわてて呼び止めた。
「待ってください。ほかに何か名産とかありませんか?」

「…ない」

 面倒くさそうに言われ、少年は眉にしわを寄せた。観光地だからって、すべてが親切心に満ち溢れた人ってわけじゃないのか、と心の中で思う。他の人に聞こうと考え、少年は頭を下げた。

「ありがとうございました」

 するとその人は何の反応も見せずに去って行ってしまった。

「感じ悪い」

 ぽつりとつぶやいて少年が歩き出すと、少しもしないうちに周りに人だかりができてしまった。少年はすっかり有名人になっていたのだ。

「今から私の家で演奏してくれないか?報酬はたくさん払うから」

「いや、ぜひ俺の家に来てくれ!」

 口々に言われ、しまいには勝手に口喧嘩を始めた人たちにうんざりして、少年は逃げ場を求める。しかし抜け出そうにも少年を囲んで喧嘩をしているものだから、それもかなわない。

 少年は大きくため息をついた。

 と、近くでがしゃん!と大きな音がして、少年は驚いた。もちろん周りにいた人々も驚いて口論を止める。何事かと音のほうを見遣ると、突進してくる男の姿が見えた。

 何だ?

 鬼のような形相の男には見覚えがある。確か、有名な音楽家のはずだ。名前は忘れてしまったけれど。アコーディオンがとても上手だと聞いていて、演奏を聴きたいと思っていたんだっけ。

「ナイフだ!」

 隣に立っていた男が叫ぶのを聞いて、少年は初めてその男が手にナイフを持っているのを見つけた。

――危ないなぁ

 他人事のように少年は思うが、男の眼が自分をとらえていることに気がつくと、ハッとして青ざめた。逃げなくてはと考えるが、恐怖でうまく足が動かない。周りにいた人々は、何事か叫びながら、少年にぶつかり、そして転げるように逃げていく。

 男が眼前に迫り、あ、刺されてしまうと少年は思った。
 
 しかしその瞬間服の襟を誰かにつかまれて、ものすごい力で後ろにひかれ、少年はひっくり返った。少年がいた場所に、ナイフがつきだされる。そしてそのナイフは外れたとわかるや否や、地面に転がる少年に向かってきた。

 今度こそ終わりだと少年は思った。しかしそうはならなかった。ナイフを持った男が誰かに蹴られ、後ろに吹き飛ばされたのだ。

 喧嘩なんかしたことがないであろう音楽家は地面に倒れこんだ。その隣にからりと音を立てて落ちるナイフ。

――ナイフを取り上げなきゃ

 少年はそう思ったが、男はもう完全に戦意を消失していて、落としたナイフを拾おうともせず地に伏せって泣きだした。

「意気地のねぇ奴」

 呆れたようなつぶやきに少年が顔をあげると、先ほどの無愛想な男がそばに立っているのを見つけた。帽子でその表情はうかがえないが、きっとつまらなそうな顔をしているのだろう。

「あ、助けてくれてありがとうございました!」

 少年が立ちあがりながら言うと、男は何も反応せずに踵を返した。

「ちょ、ちょっと待って。お礼を」

「いらない」

 男は言い捨てると逃げるように去って行ってしまう。少年は音楽家をどうしたものかと思ったが、町の人たちが彼を拘束しているのを見ると、呼び止める声も無視して駈け出した。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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紫矢 陽炎

Author:紫矢 陽炎
紫矢陽炎と申します。
こどもがたくさんいる職場に無事転職しましたー!
読書、ギターを弾くのが趣味です。

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