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竜の涙 4

「待ってくださいって!待って!」

 少年が必死に追っていくと、男は人気のない路地を歩いていた。

「しつこいな」

 振り返った男はため息交じりに言った。

「ごめんなさい。でも、でもちゃんとお礼したいから」
「俺に構わないのが礼になる」
「そ、それじゃこっちが納得いきません」

 はぁ、と男は深いため息をつく。少年は頑固だった。そのまっすぐな瞳を見て、男は眩しそうに眼を細めるが、少年には帽子でその様子がわからなかった。

「巻き添えを食らいたくなかったから先に手を打ったまでだ。別にお前を助けようとしたわけじゃない」

無愛想に言い切った男に、少年は不満そうな顔で口をつぐんだ。

 それでもついてくるのをやめない少年に、男は仕方なく口を開いた。

「あの騒ぎを放ってきてよかったのか?」

「よくなかったと思うけど、どうしてもお礼がしたくて」
「お前はまっすぐだね」

 男はそうつぶやくと少年に背を向けて歩き出した。

「あ、あの」

「礼がしたいというのなら客になれ。茶を飲むくらいの金はあるんだろ?」

 振り返りもせずに言われた言葉を少年が理解するのには少し時間がかかった。しかし男が手にしていた袋からのぞく牛乳やコーヒー豆のパッケージをみて何か店をやっているのだろうと思い至った。

 ようやっと理解すると少年は大慌てで男の後を追った。

「あの、僕は旅人で、トーマっていいます」

「ルイス」

 男――ルイスから返事があったことにトーマは驚いた。

「ルイスさん、ですね。えへへ」

 うれしそうなトーマにルイスはなんだか今まで感じたことのないくすぐったさを覚えた。

「お前、有名な奴なのか?」

「有名って?」

「たくさん囲まれて困ってた」

「見てたなら助けてくださいよー」

 トーマが膨れるが、ルイスは気にせず涼しい顔で足を動かす。

「僕、演奏者なんです」

 歩調の速いルイスに追いつけるよう、懸命に足を動かしていたトーマは少し息を切らしている。

「ひょっとして、『奇跡の演奏者』、か?」

「その呼び方、やめてください」

 ぴしゃりと言い切ったトーマに、ルイスは首をかしげる。

「そんなに嫌がることか?」
「嫌です」

 思い切り顔をしかめるトーマに、ルイスは少し笑ってしまった。

「悪かった」

 謝りながらルイスはそんな自分に驚いていた。誰かに謝ったのはいつ振りだろうか。

「お前さんが噂の演奏者だったから、あのおっさんはお前を刺そうとしたのか。あいつも確か音楽家だろう?」

ルイスに指摘されて、トーマははっとした。自分が竜の音楽会専属になったのを妬んだのだろうか。有名な、心を打つ演奏をするという噂の音楽家だったのに。

押し黙ったトーマを見て、ルイスは少し話題をそらした。

「お前が人気者の理由は分かった。だけどいちいち囲まれると面倒だからな」

 そしてトーマの頭に何かを押し付ける。取り上げてみるとそれは帽子だった。ルイスが帽子をとったのだろうかと思って見上げるが、彼は帽子を被ったままだった。

「俺の予備だ。かぶれ」

「予備って…。そんなに必要なんですか、帽子。ルイスさんも有名人だったりして」

 トーマが言うと、ルイスは小さくうなずいた。

「有名人さ。俺は悪名高い泥棒だからな」

 なんでこんなことを話してしまうのだろう。そう思いながらもルイスの口は止まらなかった。

「まぁもう盗みはやめたがな。信用できなかったら帰ってもらっていい」

 トーマは驚いたようだったが、疑うような様子もなく、帰る素振りも見せなかった。

 ルイスはそれを見てホッとしている自分に気が付き、またも驚いた。あれ程鬱陶しかったはずなのに。どうしてトーマに帰ってほしくないと思ったのだろう。

 ルイスにはわからなかった。

「こんな感じでどうですか?」

 ルイスの葛藤に気がつかず、トーマは無邪気に帽子で顔を隠している。

「…完璧だろ」
「へへ、ちょっとスパイみたいでドキドキですね!」

 楽しそうなトーマにルイスの頬は自然と緩んでいた。ルイス自身は全くそのことに気が付いていなかったのだが。

 それからトーマとルイスは無言で進んでいった。やたらに狭い路地を何回か抜け、トーマが帰り道のわからなくなったころ、ようやくルイスが足をとめた。

「ここだ」

 ひっそりとたたずむ店がそこにあった。看板の文字はすすけ、読めなくなっているため、店の名前すらわからなかった。

 ルイスが扉に手をかけると、カランコロンとベルが鳴った。

「遅かったじゃないか、ルイス。ただの買い出しにどれだけ時間をかけるんだ?」

 女性の声だった。内容はルイスを責めるものなのに、口調はとても穏やかだった。

「客を連れてきた」

 ルイスがトーマを前に押し出すと、カウンターからこちらを見ている女性とトーマの目が合った。女性は目を大きく見開いた。

「ルイス、人攫いまでするようになったのか?」

「馬鹿を言うな」
「やれやれ、冗談の通じないやつだね。…確か君はトーマ君じゃなかったか?」

「あ、はい」
「やっぱり。今や有名人だものね。サインでも貰おうか」

 くすくすと笑いながら言う女性に、ルイスが呆れたように溜息をつくのがわかった。その様子に自然とトーマも笑みを浮かべる。

「どういう縁でルイスと知り合ったかはわからないが、まぁ客としてきてくれたってことはこいつが何かやらかした訳じゃなさそうだね。どうぞ好きな席に座って。どうせ誰も来やしないんだから」

 女性が勧めるままにトーマはカウンターの席に着いた。木の椅子は固く、とても座り心地がいいとは言えなかった。
「ご注文は?」
「えっと…ホットココアで」

 手作りらしいメニューから自分の好物を選ぶと、女性は振り返り、「だってさ!」とルイスに言った。

 ルイスは小さくため息をついてココアを作り始める。女性はその様子を満足げに見てからトーマに視線を戻した。

「私はこの店のマスター。だからマスターって呼んでくれ」

 自己紹介にならない自己紹介に、トーマは素直にうなずいた。

「男前な話し方ですね!」

 トーマが面白そうに言うと、マスターはふふっと笑ってから言う。

「男前なんじゃなくて、私らしいのさ」
「かっこいい!」
 マスターの言葉にトーマは目を輝かせた。自分を持っている人の自信ある話し方に心惹かれる物があったのだった。

 きらきらとした目で自分を見てくるトーマにかわいらしさを感じつつ、マスターは、疑問に思っていたことを口にした。

「それで、どうしてルイスと知り合ったんだ?」

 ことの顛末をトーマが話している間、マスターはずっと無言だった。トーマが話し終わってもしばらく何も言わずにいたが、ルイスに「どうした?」と小さな声で問いかけられると、にっこりと笑って答えた。

「お前の成長をかみしめてたのさ」

「なんだ、それ」

 呆れたような、しかし照れくささをにじませたルイスの言葉にニヤニヤとマスターは言葉を続ける。

「私が拾ったときは警戒心の強い猫のようだったのに。たった一週間で人は変わるもんだね」

 ルイスは何も答えなかった。ただ少しうつむき気味でトーマの目の前に乱暴にマグカップを置いた。

「照れちゃってさ」
「照れてない」
「ふふ…そういうことにしておこうか」

 どうやらルイスはマスターに敵わないようだ。二人のやり取りを微笑ましい気持ちで見ていたトーマの口元には自然と笑みが広がっていた。

「しかし物騒だね」

 ルイスをからかい終え、マスターは眉間にしわを寄せて、言った。

「まさかあの人に命を狙われるとは思いませんでした。面識はなかったけれど、高名な音楽家だから…」

「何かきっと抱えているものがあったのだろうね。…ココアの味はどう?」

 重い空気を払拭するように明るく問うマスターに、トーマは大きくうなずいた。

「すごくおいしいです。もう半分も飲んじゃった」
「そうだろう?ルイスは案外器用に何でもこなすからね。私にもカプチーノを淹れてくれ」

 ルイスはカプチーノを作るためだろう、カウンターの下をごそごそとあさり始めた。

「無愛想だが素直でね。褒めると喜んで働くのさ」

 小声でマスターがそう言うので、トーマは思わず吹き出してしまった。そんな二人のやり取りに気が付かず、ルイスは黙々と働いている。

「トーマ君は旅人なんだっけか」

 マスターに問われて、トーマはうなずいた。

「若いのによくやる…いや、年齢なんて関係ないか。どうして旅をしているんだい?」
「それは…面白い話ではないんですが…」
「何か深刻な理由があったら話さなくていいよ」
「いえ…そんな大それた話じゃないんです」

 トーマは笑いながら言った。どこから話したらよいものか、迷うように宙に視線を泳がせ、話し始める。

「僕は幼いころから、ギターの天才と言われてきました。神童であると。その言葉に驕って、たくさんのコンサ
ートを開いては、お金を稼いでいました」

「好きなことをして金が稼げるってのはうらやましいものだな」

 ルイスがマスターの前にカプチーノを置きながら言った。トーマはその言葉に首を横に振った。

「確かに、僕はギターが好きです。それで生活をしていけるのだから、幸せであるに間違いない。そう信じて演奏会を続けていました。しかし、父はそう思わなかったようで」

 クスリ、とトーマは思い出し笑いか、笑みをこぼした。

「『演奏をするためにコンサートをしているのか?金を稼ぐためにコンサートをしているのか?お前の本当の目的が分からないから、俺はどう応援したらいいかわからんよ』」

 父親の真似をしているのだろう。トーマは少し低めの声を作っていった。

「いい親父さんだね」

「ええ、父はいつだって僕の最高の理解者なんです。父の言葉を聞いて、僕はいつの間にかに、自分の演奏が僕にとってひどくつまらないものになっていたことに気が付いたんです」

「トーマ君にとって?」

「ええ…周りの人は褒めてくれました。いい演奏だと。それは確かに、質の良い演奏だったんでしょう。でも、僕が弾きたいものではなくなっていた」

「芸術家の考えってのは難解だな。お前はそれで、どんなものが弾きたいんだ?」
「それを知るために僕は旅を始めたんです」

 意外な言葉に、ルイスはぴくりと眉を動かした。マスターは感心したようにほぅ、と声を上げた。

「これこそが自分の弾きたかったもの、と心から思えるような演奏をしたい。それが僕の夢なんです。どんな曲を、どんな風に弾くのか。それを決めるために、たくさんの音楽家や、楽曲に出会って自分の演奏の糧にしたい。それが、旅の理由です」

 ルイスは何も言わず、考えた。この少年の夢について。正直に言ってルイスには理解ができなかった。上手く弾くだけでは満足がいかず、自己を知るために他を知ろうと旅に出た少年の気持ちが。

 しかしそのまっすぐな姿勢に心打たれたのも事実だった。

 だってルイスは、夢を持ったことがなかったのだから。

 生きることだけを目的として生きてきたルイスには夢なんてなかった。夢を持つ、という行為は自分から一番離れたところにあったように思う。

 夢を追う姿は、こんなにもひたむきで、まぶしいのか。

 ただ、うらやましいと思った。

「大きな夢を持っているんだね」

 マスターはひどくやさしい口調で言った。はい、とトーマが答える。

 ルイスは何も言えなかった。そんなルイスをマスターは口元に笑みを浮かべながら見ていた。その二人の様子を見ていて、トーマは見守るってこんな感じなんだろうな、と思った。

ルイスのことを思いやるマスターも、思われるルイスも、なんだかとてもすてきだと感じていた。

「僕、ここの常連になりたいなぁ」

「おや、そんな言葉をもらえるなんてね。店を開いて以来、初めてかもしれない」

 マスターが笑いながら言う。

「この店…というか、二人とまた、話したいです」

「かわいらしいなぁ。うれしいこと言ってくれるじゃないか」

 なぁ、とマスターに言われ、ルイスは一つ小さくうなずいた。一見冷静に見えたが、本当は心臓がバクバクとうるさいくらいに高鳴っていた。

 うれしくて、うれしくて、涙が出そうになっていた。


「じゃ、また抜け出しておいでよ。いつでも歓迎するよ」
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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紫矢 陽炎

Author:紫矢 陽炎
紫矢陽炎と申します。
こどもがたくさんいる職場に無事転職しましたー!
読書、ギターを弾くのが趣味です。

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