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竜の涙8

 トーマを送り届け、ルイスは演奏会までの時間を、動物園をまわりながら潰していた。目の前できゃっきゃと鳴く猿は煩わしいことこの上なかったが、見ている分には飽きなかった。

 一人になったルイスはトーマのことを考えていた。

――どうにかしてトーマをこの町から逃がす方法はないだろうか。

 トーマを逃がすためにはトーマとともに逃げ、守ってくれる用心棒が必要だった。しかしこの町に信用できる人間なんて、マスターの他ルイスにはいなかった。

 苦悩するルイスを、猿が指さして笑う。

――竜がいる限り、この町はあいつを解放しないだろう

 トーマがいればいつでも竜に涙を流させることができるのだ。園長がトーマを手放すはずがない。

――演奏会がなくなればいい。そのためには竜がいなくなればいい。竜は死にたがってる。だったら殺してやることはあいつにとって救いなんじゃないのか?

 あの時。刃物を突き付けられた時の竜を思い出し、ルイスは静かに首を横に振った。

――無理だ。俺には殺せない。あの時のように、体が動かなくなるに決まってる。

 それに、ルイスは竜に生きていてほしかった。自分がマスターと出会い、救われたように、竜も救われてほしいと心から願っていた。

――なにか俺に出来ることなんてあるのだろうか。

 今までずっと感じていた、しかし無視し続けてきた虚無感が不意に姿を現し、ルイスを苛んだ。ルイスはふらふらと猿の檻から離れると、竜の檻へと足を向けた。

 演奏会の時間にはまだ早かったが、竜はあの牢獄のような部屋から出されていた。涙を流さなくても竜はとても人気で、檻の前には子供から大人まで様々な人が詰め掛けていた。

 ルイスはその一番後ろにつくと、じっと竜を見つめた。そして心の中で話しかけた。

――なぁ、俺はおまえの気持がわかってしまったよ。

 するとどういうことか。長い首をだらりと垂らしてうつむいていた竜がその言葉に反応したかのように、動いた。人々は竜が動いたことに歓声を上げる。しかしルイスは別段驚きもしなかった。自分の問いかけに、きっと竜は応えるだろうと思っていたから。

――お前は死にたいのか?

 竜が檻の奥から柵の方へと近づいてくる。今までなかった動きに観客は沸き、ほかの檻を見ていた客も竜の檻へと集まってきた。 

 そしてルイスの真正面に止まると竜は眼を瞬かせた。檻から少し離れたところにいたルイスと竜の目がかっちりと合った。

この間の夜のような目ではない。同情、やさしさ。そんなものは竜の瞳には宿っていなかった。ただそこにあるのは強い意志。

 竜の眼が、ルイスに求めていた。

 ルイスは一つうなずいた。

 しばらく一匹と一人は見つめあっていたが、やがてルイスは竜の檻に背を向けて歩き出した。すると竜も再びあの無気力な位置にもどり、うつむく。人々は落胆の声を上げたが、竜が気にすることはなかった。


――泥棒ルイスとして最後の大仕事だ。


***

 トーマはいつもより緊張していた。今まではどうせ竜の涙を見に来た人ばかりだと思っていたから、大して緊張はしなかったのだけれど。

――今日はルイスさんが聴いてくれる。

 緊張とともに味わうのは、久々の高揚感。最高の演奏をしたいとトーマは心から願った。

 舞台が檻の中という異様な状況。いまだになれないその場所に立ち、いつもの園長の口上を聞きながらト
ーマはルイスを探した。

 最前列ではないが、かなり前の方にルイスはいた。トーマはうれしくなった。あの位置に立つには相当前から並ばなくてはならないと知っていたから。

 約束通り、ルイスはトーマの演奏を聴きにきてくれている。ほかの観客はみな竜を見上げているのに、ルイスだけはトーマを見つめていた。そして目が合うと、小さく手を挙げてくれた。

 もう、トーマのよろこびは言い知れぬほどであった。

 それでは、という園長の声が耳に入り、トーマはギターを構えた。ちらりと竜を見ると、なぜだか竜もこちらを見ていた。その不思議な瞳に、一瞬クラリ、とめまいを感じた。

 しかしそれは本当に一瞬のことであった。それから竜はずっとトーマを見つめていた。まるで何かを期待するかのように…。どういうことなのだろう、と不思議に思ったが、園長に咳払いで促されたので、トーマはあわてて演奏を始めた。

 演奏しながらルイスをちらりと見ると、目を閉じて音に聴き入っているようだった。うれしくなったトーマはさらに熱を込めて演奏をした。すると観客がわっと沸くのが聞こえた。どうやら竜が涙を流したらしい。

――演奏中はお静かに。

 心の中で毒づきながら、しかしトーマは演奏の手を止めることはなかった。今までの演奏会で、何度この場面で手を止めようと思ったことか。だがトーマは一度も手を止めたことはなかった。それは意地だった。

 しかし今日は違う。聞いてくれている人がいることをトーマは知っている。

 たった一人だけれど、確実に。

 トーマは改めて観客がいることのありがたさを知った。そして自分が行った初めての演奏会を思い出していた。

あの時、自分の曲を聴き、感動してもらえることがうれしくて、トーマはギター演奏を生業にしようと思ったのだった。

それがいつしかお金の為の演奏になってしまっていた。そんな自分を恥じて旅人になり、トーマはソルの町にやってきた。

しかしこの街での演奏で得られるものはまさに大金とそして名誉という、トーマが自分から切り捨てたものであった。

――これは今までの罰なんじゃないだろうか。

トーマは、そうとまで考え始めていた。

 しかしそんな憂いも今日、ルイスのおかげで吹き飛んだのだ。

――音楽家は楽器が弾ければいいわけじゃない。それを、その素晴らしさを理解してくれる「観客」がいて初めて成り立つんだ!

 一つ。また新たに自分の音楽に対する考え方が広がり、トーマは目を輝かせた。自分の夢に一歩近づいたような気がした。

そしてトーマの音楽は次第に力強さを増し、竜はその素晴らしさにハタハタと涙を流したのだった。

 演奏が終わり、今回の宝石の量が、いつもよりかなり多かったので、トーマは大きな拍手と喝采を受けた。しかしそんなものはどうだって良かった。

 帽子を目深にかぶった男が小さく小さく手を鳴らしている。



 トーマにはそれだけで、十分だった。



これまたお久しぶりです…!あとちょっとで終わります
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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紫矢 陽炎

Author:紫矢 陽炎
紫矢陽炎と申します。
こどもがたくさんいる職場に無事転職しましたー!
読書、ギターを弾くのが趣味です。

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