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竜の涙 9

「おかえり」

 相変わらず客が一人も入っていない店で、マスターは一人コーヒーを飲んでいた。

「やっぱりルイスが淹れてくれる方がおいしいな。何か淹れてくれないか?」
「あんた、今までよくこの店やってこれたな」
 呆れを滲ませた声でルイスは言った。しかしマスターの為にコーヒーを淹れようとお湯を沸かし始める。

「演奏を聴いてきたのかい?」
「ああ」

「私もいけばよかったなぁ。どうだった?」
「音がきれいだった。それと、あんなに早く指って動くんだな。感心してしまった」

「ははっ。ルイスらしい感想だな」

 マスターに笑われて、ルイスは少し不機嫌そうな顔をした。

「からかったわけじゃない」
「わかってる」

 ルイスはそれっきり黙り込み、マスターも何も言わなかった。やがてコーヒーができ、マスターの前に置かれた。
「ありがとう」
「…ああ」

 慣れない言葉だ、とルイスは思った。泥棒だったころはありがとうだなんていわれたことがなかったから。たぶん、マスターに拾われていなかったら、一生聞くことのなかった言葉だ。

 そう考えて、ルイスはふと穏やかに微笑んでから顔を引き締め、言った。

「マスター…話がある」
「真剣な顔をして、どうしたんだ?」

 ルイスはマスターの目を見た。マスターもしっかりとルイスの目を見ていた。

「今日、俺はここを出ていく。今まで世話になった」
「したいことが見つかったのかい?」
「…やらなきゃいけないことができた。たぶん、俺にしかできないし、俺しかしようと思わないこと」

 マスターはふぅんと興味がなさそうに返事をした。それが何かをその人は聞いてこなかった。ひょっとしたらマスターはルイスが何をしようとしているのかわかってしまったのかもしれない。

「竜を盗み出すんだね?」

「ああ」

 やはりこの人はわかっていた。ルイスは観念してうなずいた。本当はごまかせるのならば黙っていようと思っていたのだけれど。思っていたよりマスターは聡かった。

「この街の資金源は竜だ。それを盗んだとなると死刑だよ」
「かまわない」
「せっかく私が拾ってやった命なのに」

 ルイスはコーヒーを入れ終えたマグカップをマスターに差し出した。マスターは追及をやめ、それを受け取った。

「…無駄にしたくない。このままだとまた惰性で生きてしまう。せっかく拾われた命だ。今までとは違う風に生きたいのに。俺にはどうすればいいかわからなかった」

 マスターはずずっとコーヒーをすすった。小さくうまい、とつぶやく。そうか、とルイスが返し、目を細めた。

「だけどトーマと、竜の境遇を考えて、あの二人を助けられるのはきっと自分だけなんだと気がついた。俺の生きる意味はきっと、トーマと竜を助けることにあるんだって。そのための命なんだろう」

 ルイスは心臓に手を当てた。脈打つそれがやがて止められてしまうと思うと怖くなった。しかしそれがトーマと竜のためだと思えば不思議とその恐怖心は消え去っていった。

「ルイス、生き急ぐことはないんだよ」

 そんなルイスの様子を黙って見ていたマスターが静かに言った。

「生きる目的を明確に持って生きている人の方が、この世には少ないかもしれない。そういうものを時間をかけて探すのも、人生なんだと私は思う。時間をかけて見つけて、達成してまた探して。生きるっていうのは、そういうのの繰り返しなんだよ、きっとね」

 マスターの言葉はルイスを動揺させた。ルイスの瞳が揺れるのを見て、マスターは言葉を重ねる。

「生きる意味を見出したいとルイスが切に願う気持ちはよくわかる。でもお前のその行動は、私には自棄としか見えないよ」

「でも、そうだとしたら…誰が竜とトーマを助けるんだ?」

 今度はマスターが動揺する番だった。確かに竜を逃がそうだなんて何の得にもならないことをする酔狂な人間はいないだろう。そうすると、竜が涙を流さなくなるまでトーマは演奏会から逃れることはできない。

 返す言葉に詰まるマスターを見て、やはり自分がしなくてはとルイスは思った。そして、今までありがとうと言って席を立とうとする。

 マスターはまいったな、とつぶやくと、もう少しだけ話に付き合えとルイスを引きとめた。

「私がお前くらいの年の頃だったろうか。自分の故郷を捨てたのは」

 マスターはソル出身だと勝手に思い込んでいたルイスは驚いた。

「故郷には決まりがあった。男は外で仕事。女は家で仕事。私はそういうのに耐えきれなかった。性別で決められる人生なんて御免だ。そう思ったんだ」

「そうか」

「ああ。でもね、その時、私の友人にこの決断を話したら、必死で止められてしまったんだ。私はこの友人は自分の一番の理解者だと思っていたから、正直ショックだったよ。なんだか…そうだな、裏切られたような気持ちになった。だから友人の忠告なんて一つもろくに聞かないで、さっさと故郷を飛び出したんだ」

 ふぅ、とマスターはため息をついた。ごくり、とコーヒーを飲み下し、続ける。

「それから旅をして…危険なことにもたくさんあったけれど、なんとかこの地に受け入れられた。それで、落ち着いてからすっかり忘れていたあの友人のことをよく思い出すようになったんだ。謝りたいなぁ、会いたいなぁってさ」

「裏切られたのに?」

「それは私の勝手な思いさ。友人は私のことをただ心配して、心から思っていてくれていただけなんだよ。だけど私はその時は目標にまっしぐらだったから、その気持ちに気が付けなかった」
 心配、とルイスが呟いた。マスターはうん、とうなずいた。
「友人はただ、私が大切だったんだ。今ならわかる」

 マスターの話からルイスはマスターが何を言いたいのかが分かった。

「あんたが俺を止めるのも、俺が大切だから?」

 マスターは答えなかった。ただ、ルイスにはわかっていた。同時に、なんだかくすぐったいような感じがした。

初めての感覚に、ルイスは戸惑った。うれしいのに、素直にそれを言葉にすることができない。ルイスは仕方がなく、そうか、とだけ呟いた。

「話はそれだけだ。後はお前の好きなようにすればいい。ただ、よく考えてくれ。私が今した話もよく考えて結論を出してくれ」

「…わかった」

 ルイスはマスターの言葉にしっかりとうなずいた。そして軽く挨拶をして店を出た。

 誰かから、大切に思われることなんて、ルイスは経験したことがなかった。正直に言って、どうすればよいのかわからなかった。街の中を歩く。ぐるぐるといろいろな所を巡りながらルイスは考え続けた。自分がどうするべきか。

「大切」

 口の中でその言葉を転がしてみる。最初に浮かんだ顔はマスターの顔だった。そしてその顔は次にトーマのものになった。

――そうか。俺も、大切だ。マスターとトーマが大切なんだ。

 気がついてルイスは驚いた。それと同時にうれしくもなった。いつの間にかに、自分には大切な人ができていたのか。

 ルイスは立ち止り、彼方に見える時計塔を見つめた。しばらくそうしていると、通行人と肩がぶつかった。

「すまない」
「こちらこそ」

 お互い会釈をし、ルイスは帽子の下でほほ笑んだ。

「いかないと」


 小さく呟いた声は、誰にも届くことなく消えた。そしてルイスは時計塔に背を向け、来た道を歩き出した。

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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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紫矢 陽炎

Author:紫矢 陽炎
紫矢陽炎と申します。
こどもがたくさんいる職場に無事転職しましたー!
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