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波間 1

  ざざぁっと波の音。聞きなれた、繰り返しのメロディ。

それに混じるのは騒がしい友人の声。たまにけらけらと笑い声が足されるのも、いつもの事。

「そんでさ、かあちゃん怒らせちまったわけ」
「そりゃ、ケンちゃんが悪いね」

「わかってるって。だから帰ったら謝ろうと思ってるんだけど…顔合わせたらどうだろうな」
「こりゃ、謝んないね」

 僕が呆れたように言うと、ケンちゃんはばつの悪そうな顔をした。たぶん、ケンちゃん自身もそう思ったのだろう。

 塾の帰り道。私立中学への受験を控えた僕らは、9時までの講習を終えたところだった。

さらさらとした砂に、足が埋まる。家まで遠回りだけれど、砂浜を通って帰るのが、僕とケンちゃんの習慣だった。

ケンちゃんとは塾で知り合った。学校は別なのだけれど、話していて楽しくて、一番の仲良しかもしれないとひそかに思っている。性格とか、全然違うのに不思議だ。

「そーゆうのを、馬が合うって言うんだぞ」

 酔っぱらった父さんが回らない呂律でそういっていた。意味があってるのか、ちょっと疑わしいけれど、父さんの顔を立てて、そういうことにしておいてあげようと思う。

「あ、そうそう。たっくん第一どこにした?」

「まだ決めてない。ケンちゃんもう決めたの?」
「いや。でも親は決めてるっぽい」

「あー…それだったら僕も何となくきまってるかもね」
「俺らの意思ってどうなんのかね」

 ふぅ、とため息交じりにケンちゃんは言う。僕はそうだね、と答えてからでも、と続けた。

「親に逆らっていきたい学校とか、ないしなぁ」
「あ、言えてる」

 ケンちゃんはそういって笑った。僕もつられて笑うと、波の音に二人分の笑い声が混ざった。
「でも、さ」

 ふと、ケンちゃんが真顔になる。笑いを引っ込めたケンちゃんの顔は不思議と大人びて見えた。
「何?」

 僕は足を止める。ケンちゃんも、僕の少し前で立ち止まった。振り返らず、ケンちゃんはいつもより低い声で言う。

「なんか、もやもやするんだよなぁ」
「もやもや?」

「そう。なんつーか…なんていえばいいのかね…」

「もやもや、ね。そんなんじゃ、国語でいい点数取れないよ?」
「あ、人が気にしてることを」

 くるりと振り返ったケンちゃんはいつもの笑顔だった。そのことに僕はなんだかひどくほっとした。ケンちゃんの言いたいことは、十分僕に伝わっていた。それでも茶化してしまったのは、あまり、僕が考えたくなかったことだからだろうと思う。

 いつもの調子に戻ったケンちゃんは、僕のそんな気持ちを察したのか、同じ話題に二度とは触れなかった。当たり障りのない、話題。

 そのことに安堵しながらも、僕は自分勝手にも少し残念に感じていた。

 でも、その日はそのまま別れてしまった。


 それから一週間たったころだった。僕らがいつも帰り道に使っていた砂浜が、閉鎖されてしまったのは。

 僕とケンちゃんはひどくがっかりしてしまった。二人でぶらぶらとするのが好きで、それだけを楽しみに塾に行っていたのに。

そりゃ、砂浜が禁止になった今もケンちゃんと帰っているけれど、違うのだ。あの場所じゃなきゃ、あの音が聞こえなきゃ、ダメ。

 ダメなんだ。

 そう思っていたのは、僕だけじゃなかったようで、禁止されてからしばらくして、塾の帰り支度をしているときに、ケンちゃんはこっそりと僕に話しかけてきた。

「今日、行こう」
「うん」

 そんな短い言葉だったけれど、僕には言いたいことがしっかりとわかった。カバンをひっつかんで、二人して教室を飛び出す。

 中に入っているテスト用紙がかさりと音を立てた。国語76点、算数89点、理科79点、社会69点。

 お前が行きたがっている中学だと、もう少し頑張らなくちゃな、と先生に肩を叩かれた。

 はいって答えたけど、僕は何のために頑張るのかな、なんて心の中では考えていた。親の機嫌を損ねないため、なのかもしれないとも。

「国語68点、算数92点、理科87点、社会60点」

 早足で道路を歩いていくと、ケンちゃんが唐突に言った。

「どう思う?」
「どうって?」

「…どう思う?」
「…バランスが悪い」

 ちょっと考えてから答えると、ケンちゃんはなぜか大笑いをして僕の背中をバンバンと叩いた。

「さすがたっくん」
「意味わかんない」
「あ、今の俺の姉ちゃんにそっくり」

 勝手なことを言ってケンちゃんはまた笑った。よくわからないけれど、僕の答えはケンちゃんを上機嫌にしたようだ。だったらまぁ、いいかと僕は追及しなかった。

「砂浜についたらさ、海にテスト捨てちゃおうかな」
「環境破壊」

「紙の一枚や二枚や三枚や四枚。変わんないっしょ」
「ケンちゃんのせいで、一つの大陸が水の底に沈みまーす」

「わ、何それ、すげぇ罪悪感」

 言葉とは裏腹に、くくっとケンちゃんは笑う。

「しょうがない、テスト捨てるのはやめよう」
「そうしなさいな」

「…燃やすことにしよう」
「懲りないね」

 そんなバカみたいな話をしていたら、砂浜についた。そういえば、と僕は問う。

「なんで閉鎖?」
「なんだよたっくん知らないの?」

「うん。お母さん、教えてくんなかった」
「カホゴっぽいもんな」

 茶化すでもなく、まじめな顔で言ってケンちゃんは言葉を続けた。

「なんか、人がおぼれたんだって」
「溺れた?この海で?」

「そ。んで、死んじゃったって」
「…そう、だったの」

「怖くなった?」

「ううん。そうじゃなくてなんだか…」

 波の音がざざぁっと鳴る。いつもの事。それなのに、この波が人を食べてしまったのだと知ると、どうして少し…悲しくなってしまうのだろう。

「たっくん。簡単なことだ。すごく簡単なことだよ」

 ひどく静かな声で、ケンちゃんは言った。

 僕はいったい何のことかわからず、ケンちゃんの顔を見る。

「とっても簡単なこと。俺も、たっくんも、さ。だから」

 波の音。

 とても耳に心地よい。

 ケンちゃんの声。ざらりとまとわりつくよう。

「ケンちゃん」

「ん?」

「黙ろう。今日だけは、黙って歩こう」
「…うん」

 僕とケンちゃんは、それからずっと黙って歩いて。

 砂浜を通り抜けて普通の道に出たら、またいつものように歩き出した。僕はなんでケンちゃんに黙ってほしかったのかよくわからなくなっていた。


 それでもあれが、正解だったということだけは、確信していた。
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Author:紫矢 陽炎
紫矢陽炎と申します。
こどもがたくさんいる職場に無事転職しましたー!
読書、ギターを弾くのが趣味です。

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