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関係 後編

 大学生の今、俺は埼玉で一人暮らしをしている。兄は、東京で一人暮らしだ。兄の場合は何故家を離れたのかわからないが、俺は過保護な母と父に少しうんざりしていたからだった。受かった時は本当にホッとした。

 たぶん、「複雑な家庭」」で育ててしまったことを後ろめたく感じてなのだろうが、元から過干渉を好まない俺には二人の対応がしんどかったのだ。

 そうして手に入れた大学生活を俺は満喫している。たまには帰っておいで、という父母の言葉は忙しいからという言い訳でごまかし、全く帰らなくなっていた。電話はするようにはしているが。

 家を離れてしまえば、兄との接点は一切なくて、俺はあの人がどこで何をしているのか、全く知らなかった。

 だから今日、急に家に押しかけてきたときには本当に驚いた。

 ピーンポーンと、間延びしたチャイムに、大学に入ってできた彼女かと思って出れば、懐かしい顔がそこにはあった。

「邪魔する」

「ああ」

 内心聞きたいことだらけだったけれど、聞かずに家に上げた。兄からは微かに酒の匂いがした。足元も、覚束ない。酔っぱらって帰れなくなり、ここに来たのだろうか。それとも、ここに来るために酔っぱらったのだろうか。

「水でいい?」

「水がいい」

 狭い部屋に二人。兄は俺のベッドに寄り掛かり、気だるげに言った。

 コップを机に置いて、兄の腰のあたりを蹴る。なんだよと顔を上げた兄に、座布団を渡した。

 ソファなんて洒落たものはない。テーブルの傍に積んでおいたものだ。兄は、うーんと唸ってそれを受け取り、おとなしく座った。

「よくここが分かったな」

「俺はお前と違って、こまめに実家に帰ってるんだよ」

 なるほど、母経由かと思う。

「お前は相変わらずだな」

 どこか嬉しそうに兄は笑った。言葉の意味が分からず、首をかしげていると、兄はなお笑った。

「無関心だなと思って」

 来意を聞かなかったことを、おかしく思っているらしい。

「お互い様だろ」

「まぁな」

 ふ、と笑いを止めて、兄は目を細める。観察されているような、気持ちになる。あの時…兄が突然部屋にやってきた時を思い出した。

「お前、彼女いるだろ」

「…ああ」

 確信めいた言葉に、否定する理由もないのでうなずく。

「俺はさ」

 そこまで言って、一気に水を煽る兄。その喉が上下するのをぼんやりと眺めながら兄の言葉を待った。

 いつもこうだ。

 兄は、一方的に語る。

「あれから、女の人を相手にできなくなった」

 あれから、というのはファザコン事件の事だろうか。よほど、堪えたのだろう。

「ゲイってやつ」

「バイだろ」

「え?」

「バイセクシュアル。恋愛感情自体は、女の人にも抱くんだろ?」

「…ほんと、ぶれないな」

 呆れたように兄は俺から視線を外した。今度はその言葉の意味が分かった。

「お互い様だっつーの」

 ニッと兄が笑う。

 俺もまた、笑った。

「泊まるの?」

「おー。ベッド譲れ」

「ふざけんな」

「傷心の兄を労われよ」

「また振られたのかよ。あんたは振られると俺のところに来るのな」

 ため息をつきながら言うと、兄はきょとんとした後、そうかもな、と言った。呆れたことに気が付いていなかったらしい。

 結局ベッドは兄に奪われ、俺は座布団を三枚つなげてその上に寝転んだ。少しはみ出した足が不快だ。

 寝づらいなぁと思っていると、すっかり静かになったから寝たものと思っていた兄から声がかかった。

「お前はさ、俺に関心がないから」

 俺は返事をしない。兄がそれを望まないことは、わかっていた。

「ちょうどいいんだよ、あの家では」

 過保護な父と母。愛情がたっぷりでも、時にそれが負担となることもある。

 俺と兄の関係の希薄さは、あの家族の中ではバランスが良かったのだろう。

「仮面兄弟だからなぁ」

 兄が笑う気配がする。

 すっかり忘れているものと思っていたが、どうやら覚えていたようだった。

***

 あまりよく眠れなかったと、起上ると、ベッドの上にまだ人の気配がした。規則正しい寝息は、兄が寝ていることを示しているのだろう。視線を遣ると、やはりそこには兄がいた。気持ちよさそうに眠っている。

 少し苛立ちながら、携帯を探して時刻を確認すると、七時を指していた。ついでにメールが来ていたので確認すると、彼女からだった。

 どうやら朝ごはんを食べに来るらしい。

 七時過ぎに行くね、という言葉に焦って立ち上がった。朝の支度をしなければと、バタバタと洗面所に向かう。

 彼女はかなり奔放な性格で、俺は結構振り回されていた。今日みたいに、早朝に朝ごはんを食べさせろと押しかけることもよくあるのだ。

 そういう所も含めて好きなのだけれど、せめて前日までには連絡しておいてほしい。

 身支度を整えて、台所に立ち炊飯器の中身を確認する。昨日の残りで足りるだろう。そういえば、兄は食べていくのだろうか。

 起こして聞こうかとも思ったが、面倒くささが勝って、放っておくことにした。食べると言われても、たぶん、足りるくらいに米はある。味噌汁だって、多めに作っておいて、余ったら水筒に淹れて行ってしまえば昼に食べられるだろう。

 今日の講義は午後までみっちりあることだし。

 これだけバタバタしても、兄は起きなかった。今日の大学は大丈夫なのだろうか。そしていつまで居座るつもりなのだろうか。卵焼きをひっくり返しながら考える。

 と、玄関からかちゃりと音がして、ドアが開いた。キッチンに立つ俺におはよーと手を振り振り入ってくるのはもちろん彼女だ。

「はよ」

「おはよー。あ、卵焼き!」

「魚は焼いてないよ」

「いいよー。ご飯とお味噌汁と卵焼き!十分豪華だよー。助かる!」

 彼女はここから徒歩で来られる場所に、俺と同じように一人暮らしをしている。バイトの給料日前になると、食べ物がないと言ってよく押しかけてくるのだ。

「給料入ったら奢るね!」

「それより計画的にお金使いなよ」

「うう…。ん?あれ、ひょっとしてお友達泊まってた?」

 ああ、忘れていた。だらしなく眠る兄を一瞥してため息を吐く。なんとなく兄と言いたくないけれど、友人と思われるのも癪なので、兄さんだよと囁くように言った。

「え!お兄さんなんていたの?知らなかった!」

 ご飯をよそったお椀を俺から受け取りながら、彼女は兄の方を見ていた。

「お兄さんの分は?」

「まだ起きそうにないからとりあえずいいや。食べちゃおう」

「うん」

 決して広いとは言えない机に、ぎゅうぎゅうと食器を並べて座る。配慮して少しだけ兄のいるベッドから机を遠ざけた。

「お兄さん来てるなんて知らずに申し訳ない」

「いや…むしろ助かったよ」

 兄と二人きりの時間は少ないに越したことはない。

「…仲悪いの?」

「悪いって程じゃないけど…よくはない」

 彼女は微妙な言い回しだなーと笑った。

「前話さなかったっけ?親の再婚の話」

「ああ、してもらったけど」

「その時、兄さんもできたんだって言わなかったっけ?」

「聞いてないよー」

 彼女の返事を聞いて、ちょっと笑ってしまう。どれだけ俺は兄に無関心なのだろうか。家庭事情を一通り彼女には話していたが、兄の事を話し忘れていたようだ。

「お兄さん、お父さんの方の連れ子だったんだ」

「そう。なんか馬が合わなくてさ。仮面夫婦ってわかる?」

「表面上は仲がいい夫婦を演じてるけど、裏では冷え切ってるってやつ?」

「そう。兄曰く、俺たちは仮面兄弟らしいよ」

 何それ面白い、と彼女は笑った。

 本当にね、と俺も笑った。

 それから兄の話題からは遠ざかり、今日の講義の事や昨日のテレビの話など、他愛のない話をした。

 食べ終え、片づけを終えても、全くに兄は起きなかった。呆れつつ目をやっていると、彼女が俺を見ていることに気が付いて、どうした?と聞く。

「いつまで仮面兄弟でいるの?」

「一生だよ。一生俺たちは、仮面兄弟だろ」

「そっか。…つながりって不思議だね」

「うん?どういう意味?」

「わからなくていいの」

 彼女はそれだけ言うと、忘れ物をしたからいったん家に帰ると言って、出て行ってしまった。相変わらず嵐のような人だな、と思いつつ、ベッドの上の兄をまた見る。

 うっすらと、目を開けていた。

「飯は?」
「帰る」
「そう」

 のっそりと起上る兄。ご飯はいらないようだ。余った味噌汁を水筒に詰めていると、勝手に洗面所を使っていた兄が戻ってきた。

「彼女、自分勝手でやかましいな」

 いらっとして、無言で玄関まで押しやり、蹴りだしてやった。

「怒った?」
「むかついた。ただ、それだけ」

 いつから起きていたのだろう。ふと思ったが、大したことでもないだろうと、気にしないことにした。
「じゃあな」

 俺の返事を聞いて笑っていた兄が立ち上がり、砂を払う仕草をしながら言った。やっと帰るらしい。
 しばらく顔を見たくない。少なくとも、三年は会わずに過ごしたい。

 去っていく兄の背を見ながら考える。いつまでも見送る義理もないので、扉を閉めてため息を吐いた。

 ふと、思う。

 どうして、一生と答えたのだろうか。

 両親が生きている間は、と。そんな答えもあったのではないかと思う。家族が崩れれば、あの人と兄弟でいる必要もなくなるのだ。

 それなのに、どうして。

 不思議だね、と言った彼女の言葉が脳裏をよぎる。

「本当に、不思議だ」

 一人になった部屋に落とされる言葉。
 どうして、なぜ。

 疑問は尽きない。けれど俺は考えない。考えたくもない。決めた。次に会う時まで、兄の事は思い出さないことにしよう。

 時計を見ると、もういい時間になっていた。講義に遅刻してしまう。この講義の教授は遅刻者を締め出してしまうんだと思い出して、ちょっと慌てた。

 荷物をひっつかんで外に出る。

 ガチャンと、カギを閉める音が、いつもよりもやけに鮮明に耳に響いた。

(終わり)



切るところを間違えた気がする…後編だけ長くてすみません。

どどどどどどっとお話が膨らんで、出す予定のなかった彼女さんとかでしゃばってきて、なんだかカオスな感じになりましたが、書いていて楽しかったです!

お題提供ありがとう!!
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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紫矢 陽炎

Author:紫矢 陽炎
紫矢陽炎と申します。
こどもがたくさんいる職場に無事転職しましたー!
読書、ギターを弾くのが趣味です。

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